2007年6月のお勧め禅語
喫茶去(きっさこ)
「茶の湯とはただ湯をわかし茶を立てて飲むばかりなる本を知るべし」(千利休)
「とにもかくにも、まあまあ一服おあがりなさい」
心癒される言葉の響きですね。
「喫茶去」とは「まあ一服おあがり」ただそれだけの言葉です。
しかしながら、そのなかには禅の深い意味が潜んでいます。
禅語においての本来の意味は「喫茶して去れ」茶を飲んで出直して来い!と叱咤する言葉であったといいます。
後に日常即仏法の境地を示す語として理解されるようになったようです。
茶席では、亭主たるもの身分の区別なく、また老若男女を問わず、どんな人に対しても平等に「喫茶去」、お茶を差し出すのが作法であり、茶道なのです。
比較を超えた絶対の真実のなかで迷い、悟り、生老病死があるというものが仏道であるとすれば、仏道も茶道も日常生活のなかにあると唱えています。
呼ばれて「はい」と答えるこの呼吸こそ生きている証といえるのでしょう。そこには何れの分け隔てなどは何もないのです。
ともすれば、我々の日常においては、相手によって偉そうな態度にでたり、謙ったりと手のひらを返すずるい部分が見受けられます。
「喫茶去」は臨済宗の「且坐喫茶」(しゃざきっさ)とともに茶人には親しみのある言葉で、全ての人を平等に見て接する大事さを教えているのです。
よくいらっしゃいましたの気持ちで人をねぎらい、相手の呼吸を整えてあげるためにお茶を差し出す。
たとえそれが好感を持てない相手だとしても、そうできる心のゆとりを持ちたいものです。
(*参考:「ホットする禅語70」渡曾正純 著、web 「佐藤俊明のちょっといい話」)
関連記事
- 2009年2月のお勧め禅語
- 2009年1月のお勧め禅語
- 2008年12月のお勧め禅語
- 2008年11月のお勧め禅語
- 2008年10月のお勧め禅語
- 2008年9月のお勧め禅語
- 2008年8月のお勧め禅語
- 2008年7月のお勧め禅語
- 2008年6月のお勧め禅語
- 2008年5月のお勧め禅語
- 2008年4月のお勧め禅語
- 2008年3月のお勧め禅語
- 2008年2月のお勧め禅語
- 2008年1月のお勧め禅語
- 2007年12月のお勧め禅語
