2008年1月のお勧め禅語
和光同塵(わこうどうじん)
「光を和らげて塵に同ずる」と訓読します。中国道教の祖、老子『道徳経』第四章にみられる「其の光を和らげて其の塵に同ずる.....」という言葉を起源としています。
「和光」とは自分の持っている高い道徳的品性と優れた才智の輝きを和らげる、言い換えれば、高いステージにいる立場を表に出さないと云う事です。「同」は同化の意味で、人を感化して同じくさせる事。「塵」は汚れた現実の娑婆の世界を指します。
聖人君子がその智徳を和らげて、ひた隠し俗世間のなかで救済活動を行うことを云います。
光輝く姿では、周りのものが驚きます。ですから、目立たない姿で俗世間のなかにうもれながら困っている人々にお慈悲を与えてくださる、そういう様のことを指すわけです。
欧米のクリスマスイブに出会ったホームレスのおじいさんが実は神様だったという物語や、テレビドラマの水戸黄門や暴れん坊将軍のしんさんは実は徳川吉宗の仮の姿など、これもまさしく「和光同塵」と云えます。
また、「和光同塵」を地で行ったと云われるのが七福神のなかの布袋和尚です。
福徳長寿の神として信仰される七福神のなかでも体は大きく、額は狭くて、腹は太く垂れ下がり、半裸で1本の杖を持ち、背中に身の回りのもの一切を入れた大きな袋を背負っています。
市井で施されたものは何でも喜んで頂き、食べ物が余れば袋に入れて持ち歩き、袋は片時も離さず、満腹になると、所かまわずどこででも膝を立てて眠ったと云われています。
人柄も天真爛漫、悠々然として、名声を求めるわけでもなく、薀蓄を述べて威張ることもなく、誰に対してもニコニコと、風体そのままの太っ腹で、暖かい眼差しを放つ。その「喜心」「太心」「愛心」を持つ布袋和尚に会った人々は誰でも、福徳円満な気持ちになり「長汀子」または「布袋」と呼び親しんだそうです。この布袋さんの遊戯三昧は究極の和光同塵と云われています。
人を救済しようという慈悲の心は、まずは自分の智徳をひけらかさないことから始まります。
通りすがりの困っている人を助ける人は自分の名前も名乗らずそのまま去っていくでしょう。
もしかしたら、その人は......。いや、そういう心を持つことをまずは目指しましょう!
「喜心」「太心」「愛心」を布袋さんの如く持つように心掛ける、それだけでも周囲の人々を幸せにするかもしれません。それがお互いであればもっともっと素晴らしいことです。
(*参考文献・引用:ホットする禅語70web 臨済宗・黄檗宗公式サイト禅語)
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