2007年9月のお勧め禅語
啐啄の機(そったくのき)
「啐啄同時」「啐啄之時」などともいわれている言葉です。
雛が卵からかえる時に、内側から雛が、外側から親鳥が、卵をつつき卵の殻を破り、雛が無事に外界へ飛び出す様にたとえ、師弟の2人三脚の絶妙な出逢いの好機を唱えた言葉です。
両方が一致して雛が生まれる「機を得て両者相応じる得難い好機」のことをいいます。親鳥の啄が一瞬でもあやまると、なかにいる雛鳥の命が危ない。早くてもいけない、遅くてもいけない、まさに危険を伴う大事な時の一瞬なだけに啐啄は同時でなくてはなりません。
中国に鏡清禅師というかたがおられました。
一人の僧が禅師に「学人啐す、請う師啄せよ」といった。
(学僧)「私は十分に悟りの機が熟しております、私は今まさに自分の殻を破って悟ろうとしています、どうぞ先生、外からつついてください」といったのです。
(鏡清禅師)「つついてやってもいいが、本当のおまえが生まれてくるのか」と。
(学僧)「私は、もし悟れなかったら世間に笑われます」といったので、
(鏡清禅師)「この煩悩まみれのたわけものめが」と、一喝された。
その後この学僧は、どうなったのか、わかっていません。
鏡清禅師と学僧の問答として「鏡清啐啄機」の公案が碧巌録(へきがんろく)にあります。鏡清禅師は啐啄の機をもって修行者を指導されたと伝えられています。
(web京都 神応寺 和尚の法話より)
才能を開花しようとする弟子とそれを見抜く力のある育て上手な師匠。
両者の意識が高まりあった時に出逢ってこそ、一心同体の力が何倍にも膨れ上がり一つのパワーが実を結ぶと言えるでしょう。
この絶妙なタイミング、言い換えれば機が熟する時こそまさにその時、「啐啄の機」です。
相手あっての「啐啄の機」です。自己中心的な考えは捨て、相手の動きや真の成長を見抜く目が必要です。両者の呼吸が合えば、二人三脚の歩調も合い、素晴らしい奇蹟をおこすことでしょう。
私たちの身の周りにはたくさんの人間関係があります。上司と部下、親と子、、、。現代はそれをとても苦手とし円滑に運べない人が多くなっているような気がします。
縁は異なもの乙なもの!
人間、捨てたものじゃありません。ひょんな出逢いから大きな力が生み出されることだってあるのです。
8月の禅語「我逢人」では人と人との出逢いの尊さをお伝えしましたが、今月は更にステージを高くして、機の熟した時を選んだ素晴らしい人との出逢いを表す言葉を選んでみました。
「啐啄の機」をつかむ才能のある人は花を咲かせる!と言っても過言ではないかもしれません。
(*参考文献:ホットする禅語70?web神応寺 和尚の一口法話、ベンチャー企業格言集)
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